私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

 

初日が無事に終わった。

 

手元には2万1千円。

 

「あ!広田さん!」

 

お店の閉店作業を終えた広田さんが廊下を歩いてるところを見つけ、声をかけた。

 

「おう。有里。お疲れさん!疲れたやろ?明日もあるからな。ゆっくり寝ぇや。」

 

ポンポンと肩を叩きながら広田さんは優しく言った。

 

「あ、はい。お疲れさまです。あのぉ…、これ。」

 

私は一万円を広田さんに差し出した。

 

「お?なんや?」

 

突然差し出された一万円に広田さんは驚いた様子だった。

 

「昨日お借りした5万円…。今日から一万円ずつお返しします。ありがとうございましす!」

 

目を丸くする広田さん。

 

「お…?ええのか?今日はまだ2本やろ?ゆっくりでええねんで。」

 

私は手元にお金が入ったのだから返すのが当たり前だと思っていた。

それに2万1千円のうちの一万円。

ほんとは2万円返す方がいいのかなぁとも思っていたので、一万円でびっくりしている広田さんに私が戸惑った。

 

「大丈夫です。早くお返ししないと気になるんで…。」

 

広田さんはちょっと嬉しそうな顔をした。

 

「おぉ。じゃ、もらうわ。こんな事はじめてやわぁ。」

 

こんなことはじめて?

 

「え?どういうことですか?」

「いやぁ…。貸した次の日に女の子がちゃんと返し始めるなんて初めてのことやねん。」

 

私はどういう意味か全く理解できなかった。

 

「はぁ…。そう…なんですか…?」

「おう。返ってこないもんだと思ってたからなぁ。」

 

5万円が?!

返ってこないもんだと思ってたの?!

で、それでも貸したの?!

 

びっくりだった。

 

「え?!そうなんですか?!どうして?!」

「まぁ…有里もだんだんわかってくるやろ。じゃ、お疲れさーん!」

 

広田さんは言葉を濁して帰っていってしまった。

 

3階の自分の部屋に帰る。

歯磨きをしようと部屋の前にある洗面台に行くと、忍さんがお部屋のドアを開けようとしているところだった。

 

「あ、忍さん。お疲れさまでした!」

 

明るく声をかける。

 

「あ…有里ちゃん…。お疲れさま。」

 

顔色が悪い。

どんよりと疲れた様子を全身にまとっている。

 

「忍さん、顔色悪いです。大丈夫ですか?!」

「あぁ…、うん。なんか大変だった…。」

 

様子がおかしい。

 

「お客さんになんかされたんですか?!」

 

思わず聞いてしまった。

あんまり聞かない方がいいのかと思って、控室では話に触れないようにしていた。

 

「うん…。あのね…。」

 

忍さんはぽつぽつと小さな声で、少しだけ涙を流しながら話し出した。

 

どうやらマットで何度も滑り落ちてしまい、お客さんに文句と嫌味を言われたらしい。

 

「コンドームもしたくないとか言い出すし…。すごい怖かったの…。」

 

個室で二人きり。

その空間で文句や嫌味を言われたらどんな気分か…

その相手とカラダを合わせなきゃいけないなんて辛すぎる。

 

「そうだったんですねぇ…。大変でしたねぇ…。」

「うん…。明日…嫌やなぁ…。」

 

涙をポロリと流しながら話す忍さん。

 

そう思うよねぇ…。

なんて言ったらいいんだろう…。

 

「忍さん…。でもなんか事情があってここに来たんですよね?

うん!とりあえず今日は寝ましょう。」

 

こんなことしか言えない。

 

「うん…。また明日な…。おやすみ。」

「おやすみなさい!」

 

歯を磨いて部屋に戻る。

小さなテレビをつける。

小さな音で。

ボーっとテレビを眺める。

 

「はぁ…。」

 

思わずため息が漏れる。

 

疲れた。

でも、なんだかこんな疲れ方久しぶりだ。

K氏にビクビクしないで仕事をしたんだ。

K氏の反応を気にせず、自分の判断だけで乗り切ったんだ。

 

狭い自分の部屋。

何もない空間にテレビの小さな音だけが響く。

深夜1時半過ぎ。

 

緊張と安堵が入り混じった不思議な感覚だった。

 

「もう寝よう…」

 

呟いて布団にもぐる。

すぐに睡魔がやってきた。

 

 

朝。

早くに目が覚める。

時計を見るとまだ7時だ。

 

ぼーっとしながらカーテンを開ける。

静かな雄琴村の様子が目に映る。

 

「ソープ嬢になったんだなぁ…私。」

 

絶望でもなんでもなく、ただその事実があるだけだった。

そしてそこはかとなく「今日はどんなお客さんが来るんだろう?」のワクワク感がある事に自分でびっくりしていた。

 

顔を洗ってから下に降りてみた。

 

キッチンからガタガタと音が聞こえる。

誰だろう?

 

ひょいっと覗くと、おばあさんにちょっと足を踏み入れたくらいのおばさんがお料理をしていた。

 

あぁ!この人があの「まずい」料理を作っていたんだ!

 

「ん?誰?新人さん?」

 

おばさんは私に気付き、くるっとこっちを見た。

 

「あ!おはようございます!昨日から入った有里です!よろしくお願いします!」

 

ぺこりと頭を下げて挨拶をする。

 

「へぇー!有里ちゃん!可愛らしい子ぉやないの!よろしくなぁ。」

 

少しだけ腰の曲がったおばちゃん。

よれよれになったエプロンを付けている。

優しそうな顔をしていた。

 

「毎日来てるんですか?」

 

私はそのおばさんに好感を持ち、話しかけた。

 

「そうやねん。週に一回だけお休みもらってるけどな。まぁありがたいことやわぁ。この年になって仕事させてもらえるなんてなぁ。」

 

おばさんは元気に大きな声で言った。

 

「へぇ~。すごい働き者なんですねぇ。」

「なぁによ!貧乏暇なしなんよぉ!あははは!」

 

明るい人だった。

そして優しかった。

 

「有里ちゃん。こんな若いのになんやら苦労したんやねぇ…。おばさんなんもできひんけど、応援してるからな。無理せんと、ぼちぼち気張りやぁ。」

 

おばさんのこの言葉に私は嬉しくなった。

ソープランドの台所。

そこでこうやってお仕事をしている人がいる。

それを知ることができたことがまた嬉しかった。

 

「はい。また朝挨拶にきてもいい?」

 

私はちょっと甘えたくなっていた。

そのおばさんがお母さんのような存在に思えたのだ。

 

「うん!もちろんやでー!こんな可愛らしい子ぉが朝来てくれたら嬉しいことないわぁ!」

「んふふ!やった!じゃまた明日も朝来るね!」

「待ってるで!」

 

私の朝の楽しみが一つできた。

 

 

2日目のお店が始まる。

 

控室に行くとわらわらとお姉さんたちが出勤してきていた。

 

「有里ちゃんおはよう!」

「有里ちゃん、ゆっくり眠れたかぁ?」

「有里ちゃん、昨日は大丈夫やった?」

「有里ちゃん、筋肉痛になってへん?」

 

みんなが優しく声をかけてくれる。

ちゃんと居場所を作ってくれている。

そんな全てが私にはとても嬉しく感じた。

 

みんなが出勤してきて控室はパンパンになった。

昨日出勤してなかったお姉さんたちに挨拶をした。

総勢12人。+個室待機の詩織さん。

ベテランソープ嬢がずらりの光景はなんとも言えない感じだった。

 

「昨日またおっさんが来てなぁ~」

 

話し出したのは瑞樹さん。

ピンクのカラダにぴったりフィットするワンピースを着て、赤い口紅をべっとりとつけている。

その口はかなり大きく、ぬめぬめとよく動く。

肩下まで伸ばした、薄い猫っ毛の頭髪にゆるーいパーマをかけている。

お腹はでこぼこに出ていて、足には毛が生えていた。

顔は…

ピグモンそっくりだった…。

 

「家も昨日こっそり来たわぁ~。おっさんがぁ~。」

「ほんまひょっこり来るんやもんなぁ。」

「わかるわかる。家なんかな、ひょっこり来たと思ったら貯金箱のお金まで持っていくんやで!ほんま嫌になってまうわ。」

 

ピグ…いや、瑞樹さんが話し出すと、次々と私もー私もーと謎の「おっさん」の話をみんながし始めた。

 

おっさん…?

お金を…もっていく…?

ひょっこり…現れる…?

 

謎だ!

誰なんだ?おっさん?!

 

「有里ちゃんも忍ちゃんも気ぃつけやぁ。変なのに引っかからんときやぁ。」

 

瑞樹さんが唇をぬめぬめと動かしながら言った。

 

「あー…。はい…。あのぉ、おっさんって…誰ですか?」

 

一瞬シンと静まりかえった。

後。

 

「あははははは!」

「そうやな!あはははは!」

「有里ちゃんは東京の子ぉやもんなぁ。あはははは!」

 

みんなに一斉に笑われた。

 

「おっさんいうのは“オトコ”いうことや。」

 

瑞樹さんは誇らしげな様子で教えてくれた。

 

どうやら“彼氏”のことを差すみたいだったけど、なんとなくのニュアンス的に

『ヒモ』のことを言ってるのかなぁな感じだった。

 

控室にいるほとんどのお姉さんに『おっさん』の存在がいるらしいことがわかった。

 

「昨日な、家のおっさんがな、私がトイレ行ってる隙に貯金箱に厚紙を突っ込んでな、こっそり入れておいたお札まで抜き取ってたんやで!こうやって丁寧に折って隠しておいたのに!バレたんや!ひっどいやろぉ~。」

 

身振り手振りを交えて話す瑞樹さんは、なんだか生き生きしていた。

 

「わかるわぁ~。どんなに隠しておいても持っていかれてしまうねんなぁ~。で、コレや。」

 

美紀さんが右手をクイっと回した。

パチンコのジェスチャーだった。

 

…みんなヒモがいるんだ…。

だからずっと雄琴村にいるんだ…。

これは一体どういうことだろう…。

 

私は軽いカルチャーショックに陥っていた。

 

“ヒモ”のおっさんにお金を持っていかれてしまう。

だからソープで働く。

いつ帰ってくるかわからないおっさんを待つ。

来るとお金を持っていかれてしまう。

だからまたソープで働く。

 

…何が起こってるんだろう…。

 

嬉々としておっさん話しを続けるお姉さんたちを見ながら、私の頭は混乱していた。

 

「有里ちゃん。引いてるやろ?」

 

ボソッと話しかけてきたのは原さんだった。

原さんはおっさん話には加わっていなかった。

 

「え?いや…なんか驚いちゃって…。」

「あはは。ほんま、変な男いっぱいおるからな。気ぃつけや。ハマったらあかんよ。」

「はぁ…。はい…。」

 

どういう経緯でピグ…いや、瑞樹さんたちが「おっさん」なるものにハマっていったのかがすごく気になるところだったけど…そこはなかなか聞けなかった。

 

「花」には場末感が充満していた。

そしてそこがたまらなかった。

 

 

つづく。

 

 

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