㉑
「そうや、有里。」
控室に戻りた私に広田さんが声をかけた。
「お客さん上がるときは部屋からコールせなあかんで。あと、階段降りて来たら『お上がりでーす!』って言わなあかんで。さっき言わんかったやろ?」
あっ!!
すっかり忘れていた!
個室にはフロントにつなっがっているインターホンがある。
ビールを注文したり、何かあったときはこれで下に連絡するようになっていた。
お客さんが帰るときも一度下にコールを入れなければならなかったのだ。
「あ!すいません!!忘れてました!」
いろんなことをいっぺんに覚えなくてはならなくてすっかり忘れていた。
「おー。頼むでー。この後もうちょっとしたら50分のお客さん入るからなー。
ゴハンでも食べときぃ。」
「はい。わかりました!」
50分…。
さっきのおじさんとの時間はかなり余裕があった。
どんな感じなんだろう?
控室に戻ると忍さんが戻ってきていた。
「あ!忍さん!お上がりなさい!どうでした?」
私は忍さんの近くに行って興味津々で聞いた。
「はぁ…。なんか…よぉわからんわ…。」
すっかり放心状態になっている忍さん。
お化粧はボロボロのまま、髪は濡れたままだった。
「あぁ~…。私もいろいろやらかしちゃったよぉ。忍さん、よくやったねぇ。」
背中をさすりながら話す。
「有里ちゃん…。」
忍さんが私の方を見た。
ボロボロの顔のままで。
「うん?」
忍さんの目をジッと見る。
「やらなきゃあかんねんなぁ。はぁ~…。やらなきゃなぁ…。」
忍さんは小さな声でつぶやきながらため息をつき、ポロリと涙を流した。
「忍ちゃん!頑張ろなー!慣れるでー。すぐ慣れるってー!」
その様子に気付いた美紀さんが大きなガラガラ声で明るく言った。
「はい…。はい…。」
うつむきながら涙を流す忍さん。
(うわ…、これ映画のワンシーンみたいだな…。すげー…。)
私は忍さんの背中をさすりながら、こんなことを思っていた。
私は忍さんのように泣けない。
早くお客さんやお店に求められるような女になりたい!の気持ちが強すぎて、
「泣く」気持ちがわからないのだ。
「有里ちゃん。ゴハンたべてないやろ?食べやー。」
美紀さんがその場の雰囲気を変えようとしているのがわかる。
「あ、はい。」
「その変のもの、てきとーに食べてええから。冷蔵庫にもなんか入ってるわー。」
ダイニング的な場所に行くと、テーブルの上におかずが5品ほど乗っていた。
かぼちゃの煮物。
ひじきの煮物。
豚肉の生姜焼き?のようなもの。
キャベツと鶏肉の炒め物。
たけのこと厚揚げの煮物。
冷蔵庫を開けるとサラダが入っていた。
ゴハンかぁ…。
私はお腹が空いているのかどうかもわからないほどずーっと緊張していた。
それにくわえてさっきの社長の言葉が耳から離れない。
「もうちょっと痩せたらなぁ。」
痩せなきゃ…。
お皿の上にご飯をほんの少しよそい、おかずをほんの少し横に添えた。
ダイニングテーブルに座り、もそもそとおかずを口に運ぶ。
ま…まずい…。
ダシのもとの味。
化学調味料の味。
単調な味。
全てがまずかった。
「美味しくないやろー?!」
控室の方から美紀さんが声をかける。
「あー…はは…。そうですねぇ。」
まずいゴハン。
でも私はがっかりしなかった。
だって私には美味しいゴハンを食べる資格なんてないんだから。
太ってて醜い私。
逃げ出してきた卑怯な私。
今の私は美味しいゴハンを求めるなんて、そんな資格はないんだから。
「有里さん。有里さん。」
控室のスピーカーから声が聞こえる。
「あ!はい!」
食堂から大きな声で返事をする。
「お客様です。スタンバイお願いします。」
佐々木さんの無機質な声。
バタバタとお皿を片づけてうがいをする。
身だしなみを整え「いってきまーす!」と控室を出る。
「いってらっしゃーい!」
お姉さんたちの声。
ドキドキしながら階段の下で待つ。
ボーイの猿渡さんがチケットを持ってやってくる。
「有里さん。50分です。お願いします。」
私の方をチラッと見てチケットを渡す。
「はい。お願いします。」
私はわざと猿渡さんの方をじーっと見て言った。
猿渡さんはチラチラと私を見て、挙動不審な動きをした。
「あ、有里さん、、がんばって、、」
小さな声でそう言うと、さっさと猿渡さんはフロントの方へ行ってしまった。
あはは!変なひとだ!
これからお客さんに入るのに、なんだか笑ってしまった。
ここは変な人ばかりだ。
そして私は変な人ばかりのところにいるんだ。
一人ニヤニヤしていると廊下から足音が聞こえてきた。
来た!
ひょいと階段の入口にお客さんが顔を出した。
「わっ!!びっくりした!!」
私がそこにいると思わずに顔を出したらしい。
「わっ!」
私も突然のことにびっくりした。
「あははは!すいません!いらっしゃいませ。お二階へどうぞ。」
「あぁ…。あははは!まさかここにいるとは思わなかったぁ…。」
若い。
20代半ば位の男性。
白いダンガリーシャツにジーパン。
腰につけたジャラジャラの鍵。
茶色の髪はサラサラ。
ほんのりといい香りがしていた。
「若いんやなぁ。」
階段の途中で話しかけてきた。
「えー、そうですねぇ。21です。」
腰に置いていた手をギュッと握る。
「よかった!若い子で!」
くしゃっとした顔で笑う。
決して格好良くはないけど好感の持てる顔だった。
個室に入り、三つ指をつく。
「有里です。よろしくお願いします。」
ベッドに腰かけているその若者はソワソワとしていた。
「えぇ?!そんなことするんや?!あはは…。もうええやん。早くこっちおいでや。」
「あ、でも…。お風呂にお湯入れてきますね。」
お風呂場に入り、お湯を入れ始める。
「有里ちゃん?」
「はい?なんですか?」
お風呂場にいる私に話しかける若者。
「あのさ…。」
ソワソワもじもじしながら何かを言いたそうにしている。
私は若者が苦手だった。
もちろん私よりも年上なんだけど、20代の人との接点があまりにもなく、どうしたらいいのかわからなかったからだ。
「どうしました?」
お風呂場から戻り、若者に聞く。
「うんとさ…。まぁここに座りぃや。」
照れくさそうに言いながら、私を隣に座らせた。
「はい。なんですか?」
若者は私の肩をグッと抱き寄せ、顔を近づけてきた。
「有里ちゃん。キスしてええのん?」
いきなり?!
まぁ…いいですけど…
「あ、はい。いいですよ!」
一応ニッコリと笑って答える。
若者は「はぁはぁ」と言いながら激しくキスをしてきた。
舌を入れたべろべろのキス。
おっぱいを鷲掴みにしながら揉みしだく。
はぁはぁ言いながら若者は耳元でこう言った。
「有里ちゃん、俺、50分なんだけどさ、はぁはぁ…できたら3回はしたいんだ…はぁはぁ…」
え?
3回?
50分で?
3かいーーー?!
つづく。
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