私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

私の自叙伝です。雄琴ソープ嬢だった過去をできるだけ赤裸々に書いてます。

198

 

シャワーから出ると、私は下着と洋服を選んだ。

K氏に会うのはかなり久しぶりだ。

「綺麗になったな」と言わせたい自分がいる。

貴方の元にいたときより綺麗になったでしょ?と思わせたい自分がいる。

「いい女だ」とK氏に思ってもらいたいと切に感じている自分が強く現れる。

 

私は黒いTバックと黒いレースのブラジャーを選び、身に着けた。

そして黒のタイトスカートに細かい網目の網タイツを履き、黒いカシュクールタイプのカットソーを選んだ。

 

全身黒。

私は私の葬式をする。

そのための服だ。

 

いつもより丁寧にお化粧をして何度も自分の姿を確認する。

全身を鏡に映し、自分のスタイルの悪さに辟易とする。

 

こんなスタイルの悪い女をよくみんな指名してたなぁ…

 

そんなことをしみじみと思う。

 

時間をかけてやっとのことで身支度を整え、部屋を整え、普通に部屋を出る。

ただちょっと出かけるだけのようなふりをして、平然と鍵を閉めた。

 

 

比叡山坂本駅から京都に着き、私はきょろきょろと“あるもの”を探した。

 

「ないなぁ…」

 

ちょうどいいものがなかなか見つからない。

新幹線の駅近く、観光客向けのお土産物が並ぶお店を物色する。

 

「ここもないなぁ…」

 

いくつかのお店を見て回り、私はやっとちょうどいい“あるもの”を見つけた。

 

「あった。これこれ。」

 

独り言を言いながらレジに持っていく。

 

「こちらのお色、綺麗ですよねぇ」

 

レジを打つお姉さんが私に笑顔でそう言った。

 

「あ、はい。そうですね。」

 

私も笑顔で返す。

 

「どなたかにお土産ですか?素敵なチョイスですねぇ。」

 

お姉さんが満面の笑みで私に聞く。

その言葉に少し戸惑いながら私は引きつった笑顔で答えた。

 

「ええ。大切な人に。」

 

 

私がそのお土産物屋さんで買ったのは西陣織の小ぶりな風呂敷。

700万円を包むために綺麗な布が欲しかったのだ。

700万円がどれだけの厚みで、どれだけのものなのかわからないまま、その小ぶりな風呂敷を私は買った。

 

青を基調にした、綺麗な花柄の布。

手触りがとてもいい。

西陣織』と書かれているけれどこれが本当に西陣織なのかは私にはわからない。

さっきのお姉さんはまさかこれを私を殺すかもしれない人に渡すなんて、微塵も思わないのだろう。

 

 

京都から新幹線に乗り込む。

新横浜までかなり時間がある。

私は気を紛らわすために普段は読まない女性週刊誌を2冊持ち込んだ。

ビールを飲み、週刊誌を読む。

ふとこれからの時間のことが頭をよぎると、すぐに追い払い、週刊誌の内容に意識を向ける。

 

しばらくすると眠気が襲って来た。

週刊誌を閉じ、目をつぶる。

 

眠ろうとすると不安が一気に押し寄せる。

胸がドキドキとしてくる。

K氏は何と言うだろう。

私を殴るだろうか。

なじるだろうか。

どこかに監禁したりするかもしれない。

 

その時私はどうなるのだろう。

 

痛いのだろうか。

傷つくのだろうか。

絶望するのだろうか。

 

私はこのまま父にも母にも姉にも兄にも会えないかもしれない。

私が存在したことを誰もが忘れるかもしれない。

 

 

え…?

私が…?

存在したことを…?

誰もが忘れる…?

 

 

今自分で考えたことにふと立ち止まる。

 

それ…

いいかもしれない…

 

私がこの世からいなくなったって誰も困らない。

コバくんが少しは悲しむかもしれないけれど、きっとすぐに忘れるだろう。

私の家族だって私がいなくなったことで誰も悲しまないだろうし、すぐに忘れるだろう。

 

なんだ。

そうか。

 

いつの間にか不安がなくなり、これから始まる未知なるショーに心が躍る。

私は傷つけられたがっている。

私は罵られたがっているのだ。

 

どれだけ痛いのだろう。

“傷つく”とはどういうことだろう。

どん底”とはどこだろう。

 

目をつぶりながらそんなことを考える。

そして私は眠れないまま新横浜まで運ばれていった。

 

 

新横浜から横浜線に乗る。

この電車に乗るのは久しぶりだ。

高校生の頃は毎日のようにこの電車に乗っていた。

関西とは違う雰囲気を感じ、私は今関東にいるんだと実感する。

 

 

町田駅

この少し泥臭い雰囲気が懐かしい。

この場所に来ると胸が締め付けられる。

 

私は知り合いに会わないかとびくびくしながら町田駅を歩いた。

 

まずは郵便局に行って700万円をおろしてこなければならない。

時刻は13時半。

K氏との約束まであと1時間半。

私は足早に郵便局に向かい、窓口で「お金をおろしたい」と告げ、記入した用紙を差し出した。

 

「え…と…そうですか。700万円を今おろしたいのですね。えー…と…少々お待ちください。」

 

窓口の女性が戸惑った様子で席を外した。

後ろにいた上司であろう男性になにやら話している。

 

「お待たせしてすいません。私が代わりに対応させていただきますね。」

 

上司であろう男性がにこやかに言った。

 

「あ、はい。」

 

私は淡々と返事をし、「ちょっと急いでるんですけど」と告げた。

 

「あぁ、申し訳ございません。お急ぎなんですね。えー…」

 

その男性は少し引きつった笑顔で揉み手をした。

こんなにわかりやすい揉み手は初めてだ。

 

「あの…差支えなければお聞かせいただきたいのですが…」

 

その男性は引きつった笑顔のまま私に質問をしてきた。

 

「はい。なんでしょう?」

 

私は淡々と答える。

 

「どういった理由でお引き出しされるのでしょうか?」

 

「え?」

 

まさかの質問に戸惑う。

そんなことを聞かれると思わなかった。

 

「あ、いや…700万円といいますとかなりな金額になりますので…。どういったことで一気にお引き出しされるのかと思いまして…。いや、差支えなければでいいのですが…」

 

男性が不自然な笑顔のまま私に言う。

 

あー

こんな小娘が一気に700万円を引き出すなんてそりゃ怪しいよなぁ…

 

「え…と…ある方に今日お渡しすることになってまして。その為に貯めていたんです。なので今日引き出せないと困るんですが…。無理ですか?」

 

私の預金を私がどうしようと勝手なはずなのに、なぜかひるんでいる私がいる。

 

「いえいえ!そんなことはございません。お客様のご預金なんですから。失礼いたしました。すぐに手配いたしますね。少々あちらでお待ちください。」

 

その男性はうやうやしく私にそう言った。

私は用意できると言われてホッとしていた。

 

ここで引き出せなかったら私の計画が狂ってしまうし、こんなに格好悪い事はない。

 

「お待たせいたしました。」

 

窓口に再び呼ばれ、私はドキドキしながら男性の方に向かう。

 

「あの…大変申し訳ないのですが…」

 

男性がさも申し訳なさそうな表情で話し始める。

 

「はい?なんですか?」

 

「今こちらに700万円という現金がございませんので…」

 

「え?ないんですか?」

 

「あ、はい。ほんとに申し訳ございません。」

 

深々と頭を下げる男性。

目を丸くする私。

 

「え…じゃあ…どうしたらいいんですか…?」

 

途方に暮れる私。

 

「現金でご用意するには明日か明後日になってしまいます。それでどうでしょうか?」

 

あ…明日か明後日?

無理無理無理。

そんなの無理だ。

今!今なきゃ意味がない!

 

「いや、困ります。今ないと困るんです。」

 

目を見開いたまま訴える私。

 

「そうですかぁ…」

 

困った様子の男性。

 

どうしよう。

まさかこんなことになるとは。

 

なんとか700万円を15時までに用意しなければ。

ここはとても重要だ。

ぜったい用意しなきゃだめだ。

 

「なんとかなりませんか?」

 

必死に聞く私。

 

「そうですねぇ…」

 

首をかしげる男性。

 

郵便局の窓口で、私はすがる様な状態だった。

 

 

 

 

つづく。

 

 

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199 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

197

 

夕方になり、私はコバくんとの『お疲れさま会』の準備を始めた。

いつも通り平和堂まで買い物に行き、献立を考え、キッチンに立つ。

料理をしている時が一番平安かもしれない。

今までのことも明日のこともこれからのことも考えずにいられるから。

料理をしている時は目の前のことだけに集中できるから。

 

こういう状況の時、私はいつも料理を作り過ぎる。

この時間を終えたくない私は次々と料理を作ってしまう。

明日のことが頭をよぎりそうになるとまた新たな食材を手にとってしまうのだ。

 

ピンポーン

 

玄関からチャイムの音がする。

 

「はーい!」

 

私は玄関に駆けていき、ドアの鍵を開けた。

 

「ただいまー!ゆきえー!」

 

コバくんが相変わらずの子犬のような顔をして立っていた。

 

「んふふ。おかえり。」

 

「うわー!ええにおいやなぁー!」

 

「えへへ。今日もたくさん作っちゃった。」

 

「やったー!」

 

子どものように無邪気に喜ぶコバくん。

この料理は私の気を紛らわすために作ったのもなんだよ。

知らないでしょ?

 

「お風呂すぐ入る!すぐ出るから!ちょっと待っとって!」

 

コバくんは急いでスーツを脱ぎ、いそいそとお風呂場に向かった。

 

私はお風呂の音を聞きながら、冷凍庫でキンキンに冷やしていたグラスを出すタイミングを見計らう。

お料理を温め直し、テーブルを整え、「ふぅ…」とため息をつく。

 

「出たー!」

 

バスタオルで頭を拭きながらコバくんがリビングにやってきた。

 

「うわー!すっげーうまそう!」

 

テーブルに並んだお料理を見て、コバくんが大喜びしている。

この顔を何度見ただろう。

この無邪気に喜んでいる顔を見るたびに、『私にも生きる価値があるのかもしれない』と感じていた。

でもそれはほんの一瞬のことなんだけれど。

 

「うはー!これもうまそう!えー?!これなに?めっちゃうまそー!」

 

コバくんが全身で喜んでいる。

私はその姿をみて笑う。

 

「あはは。たいしたもん作ってないでー。そんなに喜んでくれて嬉しいわぁ。」

 

「だってめっちゃうまそうなんやもん!はよ食べよー!」

 

「はいはーい!」と言いながら冷蔵庫からビールを出し、グラスに注ぐ。

 

 

「ゆきえ。お疲れさま。ほんまによぉやったな。お祝いさせてな。」

 

ビールの入ったグラスを掲げ、コバくんが笑顔で言う。

 

「うん。ありがとう。コバくんがたくさん助けてくれたからやで。今日は飲もうな。」

 

「うん。かんぱーーい!」

 

「かんぱーーーい!」

 

グラスをカチンと合わせ、私たちはビールをゴクゴクと飲み干した。

 

「んはーーー!!うまい!さぁ!くうぞーー!!」

 

「んはーーーー!!二日酔いだけどうまい!さ!くえー!あははは。」

 

明日のことについてはどちらも触れない。

今はなんとか楽しい時間を過ごそうとしていた。

 

 

私たちはできるだけいつもどおりの時間を長引かせようとして、テレビを見てケラケラ笑ったり、お料理について話したり、今日のコバくんのお仕事の話しをしたりした。

ビールを飲んでワインを飲んでそしてウイスキーを飲んだ。

 

したたかに酔い、ふと沈黙の時間がやってきた。

そしてコバくんが口を開いた。

 

「…ほんまは怖いんや。俺…ほんまはめっちゃ怖いんや。」

 

私はドキッとして黙り込んだ。

コバくんの気持ちをちゃんと聞かなきゃいけないと思ったから。

 

「朝言うたことはほんまや。俺、ゆきえが帰ってくるまでここで待っとるよ。帰って来るって信じてここで待っとるよ。絶対ゆきえは帰って来るって思ってるし。でもな…」

 

「うん…」

 

「ほんまはめっちゃ怖い。でも…俺待ってるから。だから…。」

 

「うん。だから?」

 

「…だから…ゆきえが満足するように、納得できるように…がんばってきて。俺…ここで応援してるから。」

 

 

コバくんは自分の思いを話しながら涙を流した。

私はその涙を見ても何も感じていない自分を心の中で嘲った。

 

コバくんが涙を流して感情的に話せば話すほど、ますます私は冷静になる。

「へぇ…泣くんだぁ…」と他人事のように見ている自分に嫌気がさす。

 

 

「ありがとう。…でもな…待ってなくてもいいんやで。私のことなんて待ってなくていい。明日早めにここを出るわ。その後のことはまったくわからへん。どうなるか全くわからへんから。ここに帰ってくるかもわからへん。K氏に会ってみないとな。

向こうがどう出るか、ほんまにわからん人やねん。私だってそこでどうするかわからへん。

そやから…もしも私がここに帰ってきて、コバくんがいなくてもなんとも思わへんから。

待ってる間、そりゃ辛いやろ。待つ方が辛いと思うわ。そやから待ってるの辛くなってやっぱり待たへんって思ったとしても、それが当たり前やと思うから。

それに私はほんまに死ぬ覚悟で行くんやから。それを待ってる必要なんてないから。」

 

話していると私の目からも涙が出てきた。

なんの涙かはわからない。

これは私の本心。

コバくんに待ってて欲しいなんて思わないし、そんなことを願えるような女じゃない。

私は単身で運命に身を任せるのだから。

 

「そんなこと言うなやぁ…。なんで…?なんでそんなこと言うん…?嘘でもいいから『待っとって』て言うてやぁ…。うぅ…うぅぅ…。なんで?なんでやぁ…」

 

私の言葉を聞いて、コバくんの泣きはますます激しくなった。

嘘なんて言えない。

嘘でも『待っとって』なんて言えるわけがない。

 

「…ごめん…ごめんやで…。」

 

私は涙を少し流しながらコバくんに謝った。

巻き込んでごめん。

私のこんなめちゃくちゃに巻き込んでごめん。

 

「…うぅ…泣いてしまってごめんやで…俺…泣くつもりなんてなくて…怖いんや…ゆきえを失うのが怖いんや…一番怖い思いするのはゆきえなのに…情けないわ…ゆきえの方が大変なことするのに…うぅ…ごめんやで…」

 

そんなことない。

私は私が決めたことをやるだけだもん。

待ってる方が辛いよね。

待たなくていい。

私のことなんて待たなくていい。

私なんていなかったことにすればいいんだ。

こんなしょーもなくて冷たい私なんて。

 

「…コバくん。ほんまにありがとうな。こんな私になぁ。私は私が決めたことをやってくるから、コバくんはコバくんが決めたようにしてな。コバくんが決めたらええから。

明日、私はK氏に会って、お金を返して謝罪をする。それだけや。

返さんでもええようなお金を返して、逃げ出したことを謝罪してくる。

どんな状況であったとしても、逃げ出すっていう卑怯なことをしたんや。謝らんとなぁ。そうやないとあかんねん。

バカげたことをしてるのかもしれん。そんなことわざわざせんでもいいのかもしれん。

でもなぁ…何度考えてもやらなあかん気ぃがするねん。…アホでごめんなぁ。」

 

 

私はコバくんの決めたことを変える権利なんてない。

コバくんに私の決めたことを変える権利がないように。

 

コバくんが私を待つと決めたならそうすればいい。

そう決めたなら引き受けなきゃならないことがたくさんあるだけだ。

怖さも辛さも『待つ』と決めたなら引き受けなきゃならないだけ。

 

私は私が決めたことを引き受けなきゃ。

怖さも、震えも、破裂しそうな鼓動も、やるせなさも、非力さも、情けなさも、悲しみも、申し訳なさも、惨めさも。

 

「…うん…俺、俺が決めたようにするわ。もしかしたら変わるかもしれん。決めたことが変わるかもしれん。でも今はぜったい変わらんと思ってる。…それでええやんな…?なぁ?」

 

「それでええよ。変わるのは当たり前や。今は変わらんと思ってたとしても変わるときは変わるんや。それでええよ。当たり前の話しや。私はコバくんに待っとってなんて言わんし、望まんよ。コバくんが自分で決めたらええよ。」

 

私は笑顔でコバくんにそう言った。

これももしかしたらズルい言い方なのかもしれないと思いながら。

 

「…俺…ゆきえのことが大好きや。離れとぉない。ゆきえがいない毎日なんて考えられんのや。ごめんな。俺、こんなに好きになってしまってごめんなぁ。」

 

 

『こんなに好きになってしまってごめんなぁ』とコバくんは泣いた。

私はこんな謝り方がこの世にはあるんだなぁと知った。

 

 

「…コバくん。もう寝ようか。私、片づけるわ。」

 

時計を見ると夜中の1時を過ぎていた。

 

「…うん。そうやな…。手伝うわ。」

 

「ありがとう。」

 

私たちは2人でテーブルの上を片づけ、食器を洗った。

カチャカチャと鳴る食器の音を聞きながら、黙ったまま宴の後片付けをする時間。

私はこの時間とこの空気を忘れたくないと思っていた。

 

片付けを終えて「寝ようか」と言いながら2人でお布団に入る。

コバくんは私を抱きしめ「抱いていいか?」と聞いた。

私は「うん。ええよ。」と小さく言い、カラダを預ける。

コバくんは切実な思いを私になんとか伝えようとしているかのような愛撫を私のカラダ全身に施した。

私はその切実な思いを受け止めることが出来ず、コバくんが熱心になればなるほど心が引いていくのを感じていた。

頭では明日のことを考え、カラダはコバくんの愛撫をただただ受けていた。

 

そんな私を「やっぱり私はサイテーだな。」と思う。

 

感じてる演技はお手の物だ。

私は渾身の演技でコバくんの愛撫に応え、そして切ないSEXは終了した。

 

「ゆきえ…愛してる…」

 

耳元で囁くコバくん。

 

「うん…私も。」

 

嘘。

だって私は『愛』がどんなものか知らないんだから。

 

 

 

携帯の目覚まし音で起こされる。

 

コバくんはまだ寝ている。

私はゴソゴソと起き出し、これが最後かもしれないお弁当を作る。

 

「おはよう!」

 

コバくんが起きてくる。

 

「おはよう。」

 

笑顔で挨拶をする私たち。

まるでこの毎日が続いていくかのように。

 

「お弁当つくったよ。はい。」

 

「いつもありがとうー。めっちゃ味わって食べるー!」

 

「はい、コーヒー。」

 

「ありがとうー。美味しいなぁ。」

 

静かな時間。

なんともない日常。

この時間が一番の奇跡なのかもしれない。

 

 

「じゃそろそろ…俺行くわ。」

 

「うん。いってらっしゃい。気をつけてね。」

 

「うん。…ゆきえも気をつけて。帰ってきてな。」

 

淋しい笑顔のコバくん。

私もほんのちょっとの笑顔で応える。

 

「んふふ。…わかった。」

 

嘘。

私は嘘ばっかりだ。

 

「じゃ!行ってきまーす!ゆきえ、いってらっしゃーい!」

 

「うん!いってらっしゃーい!いってきまーす!」

 

コバくんは私を抱きしめてからキスをして、そして笑顔で部屋を出て行った。

私はそんなコバくんの気遣いに応え、笑顔で元気に送り出した。

 

パタン…

 

部屋のドアが閉まり、シーンと静まり返った空間が広がる。

 

「…さて。準備するか。」

 

私は自分に言い聞かせるようにそう言うと、シャワーを浴びて身支度を整え始めた。

 

 

いよいよだ。

いよいよ私の決着をつける時がやってきた。

 

あと数時間後、私はどうなっているのだろうか。

 

 

 

 

つづく。

 

 

 

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198 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

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はじめに。 - 私のコト

196

 

泣きながらタクシーを降り、涙を拭いながら部屋に入る。

 

「…ただいまぁ…」

 

コバくんがまだ寝ていると思って小さな声でドアを開けた。

 

 

シーン…

 

静まり返っている早朝のキッチン。

空気が動いていないリビング。

コバくんはまだ寝室で寝ているみたいだ。

 

まだ余韻の涙がポロポロと流れているのをそのままにして、バッグを置いて冷蔵庫を開けた。

まだこの状態を終わらせたくない私は冷蔵庫から缶ビールを取り出してプルトップを引き上げる。

ふらふらとソファーに座り、ビールをゴクッと飲む。

 

「…はぁーーーー…」

 

脱力している。

身体の力が抜けてしまった。

酔いと眠気で朦朧とした私が動いていなかったリビングの空気を乱す。

 

 

「ゆきえ?」

 

コバくんが寝室のドアから顔を出した。

 

「あぁ…起こしちゃった?ごめん。…ただいま。」

 

私は流れている涙をぬぐわずに笑顔で挨拶をした。

 

「…おかえり。お疲れさま。」

 

コバくんは私の横に座り、優しく抱きしめた。

 

「どうやった?楽しかった?」

 

パジャマのまま、眠そうな目で私に聞くコバくん。

この人は優しい人だ。

 

「うん…。そうやね。楽しかった。うん。楽しかったで。」

 

私は涙をぽろぽろ流しながら笑って答えた。

 

「そうか。うん。よかったなぁ。お疲れさま。うん。ほんまよかったなぁ。」

 

「うん。よかった。うん。」

 

私はコバくんの腕の中で何度も頷いて、何度もよかったと言った。

 

「今日はゆっくり休んで。俺が帰ってきたらまた明日からの話しをしよう。な?」

 

私はコバくんが言った『明日からの話し』という言葉を聞いて身体を強張らせた。

 

明日から…

明日…

あぁ…私の決めてた本番は明日なんだ。

 

「…うん。…そうやね。うん。うん。」

 

コバくんの顔を真剣に見る。

コバくんは私を優しい笑顔で見ている。

 

「俺、大丈夫やから。俺さ、ずっとゆきえの味方でおるって決めてるから。もちろん怖いし待ってる間どうなっちゃうかわからんけど、この部屋でゆきえの帰りを待とうって決めてるから。それだけ!」

 

「…え…?」

 

「まぁこの話は帰ってきてからまたしよう!ゆきえ眠いやろ?ゆっくり寝て。俺そろそろ仕事行く準備するから。な?急いで帰って来るから、そしたら夜は2人のお疲れさん会やろうな!な?」

 

コバくんが急に照れたように早口になった。

 

「あ…うん…わかった…お仕事がんばって。気をつけて行ってきてな。」

 

「うん。ゆきえもできるだけ寝てやぁ。夜には元気になっててもらわな俺寂しいもん。な!」

 

「うん。もう寝るわ。じゃあ…待ってるね。」

 

「おう。行ってきまーす!おやすみー!」

 

「うん。おやすみ。」

 

 

私はビールを飲み干し、寝室のドアを開けた。

部屋着に着替え、布団に潜り込むと耳鳴りがした。

お酒を飲み過ぎると聞こえてくるあれだ。

 

ウオンウオンウオンウオン…

 

『花』の寮を思い出す。

あの淋しい部屋でこの耳鳴りを何度聞いただろう。

あの時の私と今の私は同じ『私』。

その『私』と明日にはお別れするのかもしれない。

 

 

 

耳鳴りを聞きながら私はいつの間にか眠っていた。

携帯の着信音で起こされた時、時刻は午後3時を過ぎていた。

 

「…もしもし…」

 

「お?アリンコか?俺や。上田。」

 

「あ…上田さん…」

 

「まだ寝てたんか?」

 

「…あはは…うん。」

 

頭が痛い。

そして身体が動かない。

完全に2日酔いだ。

 

「もうすぐそっち行くわ。あ、部屋の前に荷物置いておくから。ピンポンもせんから気にせんでええで。それだけや。」

 

「…え?いいの?」

 

「おう。俺かて忙しいんや。置いて帰るだけやから。」

 

「ありがとう…。」

 

「おう。アリンコはいつまでそこにおるんや?」

 

「え…?えと…まだわからん。」

 

「そうか。まぁええわ。じゃあな。荷物置いたらまた電話するわ。」

 

「うん…お茶もださんとごめんやで。」

 

「いらんいらん。部屋に入ったら何いわれるかわからんやろ。」

 

「あはは。そうか。うん。じゃ、お願いします。」

 

「おう。ほなな。」

 

上田さんからの電話を切り、私はシャワーを浴びた。

そして洋服を着替え、お水を飲んだ。

 

ふと昨日使っていたバッグを見る。

 

あ…

昨日富永さんがくれた小さな木箱…

あれ、なんだろう?

 

私はガサガサとバッグを探り、昨日渡された小さな木箱を取り出した。

 

『帰ってから開けて♡』のシールをジッと見る。

富永さんがハートマークを書いたことにプッと笑う。

 

私はピタッと蓋を留めてあるセロハンテープを丁寧に剥がした。

 

なんだろう…?

何が入ってるんだろう…?

 

「有里がどう思うかわからんけどどうしても渡したかった」と富永さんが言っていたもの。

 

ドキドキしながら蓋を開ける。

 

 

「…え?」

 

 

小さな木箱の中には『有里』の文字のついた薄いハンコが入っていた。

 

「…あぁ…これを渡したかったんだ…」

 

 

このハンコは予約票に名前を押すためや、名刺やチケットに名前を押すために作られたもの。

私がシャトークイーンに入るときに「『有里』という名前でお願いします」と言い張ったから作ってくれたもの。

私が直接このハンコを使ったことはないけれど、富永さんは私が出勤する度にこのハンコをフロントで押していたはずだ。

 

これをどうしても渡したかったという富永さんの真意はわからないけれど、じわりと何かが伝わってくる。

 

「…ふふ…そうかぁ…これだったんだぁ…」

 

私はそのハンコを手に取り、じっくりと眺める。

 

『有里』

 

この名前は私の一部だ。

忘れたくない一部。

 

私は「あ!」と声を出し、携帯電話を手に取った。

 

最後の仕事を忘れていた。

私の『有里』としての最後の仕事。

 

私は携帯を片手に文面を考える。

HPでの最後の挨拶。

感謝とさようなら。

どう伝えようか。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎる私を励まし、応援してくれた優しい人たちにどうやったら感謝を伝えられるだろうか。

 

「…うーん…」

 

私は何度も文字を打っては消し、「うーん」と唸った。

何度も何度も文字を打っては消し、あげくの果てにはノートを取り出し文章を何度も書きだした。

 

結局出来上がった文章はありきたりなシンプルものだった。

 

このページをご覧になって下さっているみなさま。

いつもありがとうございます。

昨日、無事に有里としての最後のお仕事を終えることができました。

会いに来てくださった方々、ほんとにほんとにありがとうございます!

このページに遊びに来てくれて、そして書き込んでくださったみなさま。

ほんとにほんとにありがとうございました。

こんなソープ嬢としても人間としても未熟で中途半端すぎるくらいな私に、こんなに素敵なページを与えてくれたシャトークイーンのみなさまにも心から感謝しています。

私はこの場所を去りますが、今後ともシャトークイーンをよろしくお願いいたします。

こんなに素晴しい店はありません!

絶対に忘れません。この場所での思い出を。

 

ありきたりな言葉でしか感謝を伝えられないことを歯がゆく感じています。

 

もう一度。

ほんとにありがとうございました!

心から感謝しています!

 

有里

 

 

私はこの文章を掲示板に投稿し、「ふぅ…」とため息をついた。

そして部屋のドアを開けて、外の廊下を確認した。

 

まだ上田さんからの電話はかかってきてなかったけど、外の廊下には大きな段ボールといくつもの花束が置かれていた。

 

私はその段ボールと花束を部屋に運び、段ボールの中のプレゼントを一つ一つ丁寧に並べた。

 

「こんなことがあるんだなぁ…」

 

部屋に並んでいるいくつものプレゼントと花束。

 

こんな私になんでこんなことをしてくれたんだろうなぁ。

 

ボーっとその光景を眺めながら明日のことに思いを馳せる。

 

明日の今頃はどうなってるのかなぁ…

 

プレゼントと花束に囲まれた私は、しばらくその中に座り込んでいた。

 

 

 

つづく。

 

 

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はじめに。 - 私のコト

195

 

ふく田の店長さんに何度もありがとうを伝え、店を後にした。

 

「有里ちゃん。辞めても店に来てな。待ってるから。応援してるからね。」

 

何度もそう言う店長さんに「うん。うん。また来るから。」と言った。

生きてたらまた来るね。と心の中で思いながら。

 

二次会は雄琴の入口付近にある、カラオケスナックの『ピカソ』。

 

「今ピカソの店長に連絡入れといたから。個室にしてもらったわ。朝まで歌おうや。のぉ?有里。」

 

富永さんは歌う気満々だ。

 

「南にも連絡いれたがぁ。あいつは有里の大ファンやからのぉ。すぐ行くー!言うとったわ。わはは。」

 

南さんとは『トキ』で一緒に飲んだ後、数回一緒に飲みに行っていた。

南さんはその度に「有里ちゃんが大好きやぁー。」と言い、「いつまでもそのままでいてねぇ。」と何度も言っていた。

私は南さんの優しい雰囲気が好きで、いつしか『南パパ』と呼ぶようになっていた。

 

「あ!南パパ来るん?へー!」

 

「おう。すぐ飛んでくる言うとったで。あいつ、今日は泣くやろなぁ。」

 

「あははは。泣くかなぁー。」

 

「そりゃ泣くわ。わしかてほんまは泣きそうなんやで?知っとるか?」

 

「知らんわ!」

 

「有里は冷たいのぉー。」

 

「あははは。」

 

タクシーの中まで楽しい。

私はたまに泣きそうになるものの、かなりの時間ずっと笑い転げていた。

 

 

「あー!有里ちゃーん!!」

 

ピカソに着くと南さんが私を見て駆け寄ってきた。

 

「南パパー!来てくれたんやぁー!」

 

「ほんまに飛んできたんやないやのぉ?こりゃ飛んで来たでぇ。」

 

富永さんがとぼけた口調で南さんをからかう。

 

「ほんまに飛んできたわー。会いたかったぁー。」

 

南パパは優しい笑顔で私にそう言った。

 

「あはは。ありがとう。」

 

「もう今日は有里ちゃんのとなりから離れへんから!絶対となりに座るから!」

 

南さんがそう言うと富永さんと理奈さんがすかさず返す。

 

「有里はわしのとなりじゃあ。何をいうとるんやぁ。」

 

「私のとなりが有里ちゃんやでー。なぁ?有里ちゃん!」

 

ちょっと。

私、大人気じゃん。

嬉しいんですけど。

 

「あはは。みんなありがとう。人気者になったみたいで勘違いしそうやわぁー。あははは。」

 

みんなでワーワー騒ぎながらピカソの個室に入る。

THE・昭和!な店内。

薄暗い照明に変な花柄の壁紙。

薄汚れた茶色のビロード地のソファーにちょっとガタガタするテーブル。

タバコの匂いとエアコンの埃が混ざったような匂い。

一段高くなっている場所がステージのようになっていて、その頭上には小さなミラーボールがぶら下がっていた。

 

私はこういう場所が割と好きだ。

なんだかワクワクする。

 

「じゃ歌うかー!」

 

富永さんはノリノリでサブちゃんの歌を入れている。

南さんは私のとなりにぴったり座り、「お疲れさま。で?ほんまに辞めちゃうの?」と聞いてくる。

富永さんがステージに立って歌いだすと、みんなは盛り上がりながら自分の歌う歌を探し出した。

 

「あはは。ほんまやで。最初から決めてたからな。」

 

みんなが盛り上がってるのを笑いながら見つつ、南さんと話す。

 

「ちゃんと決めてた通りにするんやなぁ。有里ちゃんはすごいなぁ。ぼくはね、有里ちゃんのそういうところを尊敬するんや。だから大ファンなんやぁ。がんばってな。ぼくはね、ずっと有里ちゃんのファンやから。また連絡してくれるかな?あ!いやいや。そんなこと言うたらあかんな。それはあかんな。ごめん。」

 

南さんはバツが悪そうな顔で水割りを飲んだ。

 

「え?なんで謝るん?あはは。おかしいなぁ。南パパー。」

 

私は南さんの肩を叩きながら笑った。

 

「いやいや。ファンとしてあるまじきことを言うてしまった。ほんまはまた会いたいで。ほんまはな。そりゃそうやろ。ファンやねんから。でもな、有里ちゃんはこの世界の人とは関わらんほうがええやろ。すっぱり辞めるんやから。関わりは持たんほうがええとぼくは思う。…さびしいけどなぁ。」

 

南さんは優しいトーンで話す。

この世界に長く居る人の言葉。

優しいトーンだけど、なんだか強い。

南さんにそう言わせるだけの“何か”があるのがこの世界なのかもしれない。

 

「ありがとう。でも…私は理奈さんとも富永さんともふく田の店長さんとも付き合いは続けていきたいと思ってるで。相手が望んでくれるならやけどな。あはは。だから南パパとも関わりを持たん!なんて決めないつもりやで。あかん?」

 

 

もしかしたら南さんの言ってることは正しいのかもしれない。

ソープランドの世界は特殊といえばそりゃそうだし、何かやっかいなことに巻き込まれてしまう可能性も高いのかもしれない。

私はこの世界から『足を洗う』立場になるのだから、南さんはまっとうなことを言ってるんだろう。

でも…と私は思う。

どの場所にいたってやっかいなことに巻き込まれる時は巻き込まれるし、いわゆる『普通の世界』で生活してようと『ソープランドの世界』で生活してようと、そこにはただ『自分の日常』があるだけだ。

『関わりを絶つ』と決めるのもいい。

でも『関わりを絶つなんて決めない』もいいと思う。

まぁそれも私が『生きていたら』の話しなんだけれど。

 

「有里ちゃん…。ほんまにええ子やなぁ。泣けてくるわ。うぅ…。」

 

南さんがふいに泣いた。

きっと酔っぱらってたからだ。

 

「お?!なんじゃ?泣いとるんか!南が泣きよるが!どないしたん?!まだ早かろうがぁ。はははは。のぉ?有里。言うたやろ?南は泣きよるよー言うたやろ?のぉ。ははは。」

 

歌い終わった富永さんが南さんの隣に座って笑っている。

 

「泣いてしもうたわー。泣かんとー!なぁ?パパー。あははは。」

 

南さんの肩をポンポンと叩く私。

 

「有里ちゃん泣かしたん?なんで?あははは。」

 

理奈さんが私の隣で言う。

 

「うぅ…。有里ちゃん…うー…あかん。なんか歌うわ!泣いてる場合ちゃうな。なんか歌う!」

 

「そうやそうや!なんか歌いやー!」

 

理奈さんがはやし立てる。

ステージでは上田さんが小さな声でボソボソと暗い演歌を歌っている。

 

「上田さーん!聞こえへんわー!」

「聞こえんわー!あははは!」

「暗いわー!」

「南ー!歌入れろー!」

小雪!お前も歌え!」

「ねねさんは?何歌うん?」

「ななちゃんは歌うの?」

「有里ちゃーん!なんか歌ってー!」

「わしは次何を歌ったらええが?サブちゃんの何を聞きたい?のぉ?有里。」

「理沙さんは歌わへんのやろ?」

「私は音痴やからえーねん。恥ずかしいしなぁ。」

「上田さーん!聞こえへんわー!」

「あー甘いお酒頼んでもええ?ねぇ富永さーん!」

 

 

ピカソでの二次会は朝の5時まで続いた。

その間、寝てしまう人もいれば泣き出してしまう人もいればずっと歌ってる人もいた。

(ずっと歌ってたのは富永さんだけど。)

だけど誰一人として帰ろうとしなかった。

 

「はぁー…。飲んだなぁ…。」

 

理奈さんが眠そうな顔で言う。

 

「そうやなぁ…。もう朝やで。」

 

笑いながら私が答える。

 

「おもろかったな。あはは。」

 

「そうやな。おもろかったな。あはは。」

 

南さんと富永さんは歌いながらステージの近くでじゃれ合っている。

小雪さんもねねさんもななちゃんもソファーで寝てしまった。

上田さんともう一人のボーイさんもはじっこで寝ている。

 

「こんな送別会、もうないと思うわ。今までもこんなことなかったしな。」

 

理奈さんがポツンと呟く。

 

「え?そうなん?」

 

小さく返す私。

 

「ないわ。こんなこと。有里ちゃんやからやろぉ。おもろかったわ。奇跡やな。こんなん。あはは。」

 

ソファーにもたれかかりながら笑う理奈さん。

 

「ありがたいなぁ…。そうなんやなぁ。あはは。雄琴に来てよかったわ。ほんまに。」

 

隣で水割りをちょっと飲みながら言う私。

 

「そうかぁ?来てよかった?」

 

「うん。来てよかったし、この店でよかった。楽しかった。ほんまに。」

 

「そうかぁ。ならよかった。」

 

「うん。理奈さんに会えてよかった。」

 

「あはは。そりゃ私もやで。有里ちゃんが来てくれてよかった。」

 

「あ!これからもよろしくな。」

 

「ほんまやでー。私はずっと有里ちゃんとなかよぉしたいと思ってるんやで。有里ちゃんはしらんけどな。」

 

「アホか。私かてそう思ってるわ。あはは。」

 

「あはは。ならよかったわ。…有里ちゃん。」

 

「ん?」

 

「…ほんまにお疲れさま。よぉやったなぁ。偉いわぁ。」

 

お酒のせいだ。

絶対お酒のせい。

ガマンしていた涙がぶわっと流れたのは。

 

「…アホか。そんなん言わんといてぇや。」

 

「…ごめん。あはは…泣いてもうた。」

 

泣きながら理奈さんを見ると、理奈さんも涙をぽろぽろと流していた。

 

「…おもろかったなぁ。」

 

「うん…おもろかった。」

 

2人で「あはは」と笑いながら泣いた。

 

 

「お?泣きよるんかー?」

 

ステージの上から富永さんが声をかける。

 

「泣いてもうたー!」

 

私は泣きながら富永さんに向かって言った。

 

「わしも泣きたいわー!」

 

「あはは。泣けるもんなら泣いてみぃー!」

 

「泣けんから歌うわー!」

 

「ずっと歌っときー!あはは。」

 

 

おもろかったなぁ。

ここで過ごした時間。

おもろかったな。

 

私と理奈さんはひとしきり泣いて、ぽつぽつ話して、また泣いた。

 

「そろそろ帰るかー。」

 

富永さんが声をかけた。

もう6時だ。

 

「みんな帰るでー!」

 

寝てしまったみんなを起こす。

 

「えぇ…今何時ぃ?」

「帰る?どこに?」

「え?ここどこやったっけ?」

 

みんな寝ぼけている。

その姿を見て私は「はは」と笑う。

 

みんなでふらふらと店を出ると太陽が眩しかった。

早朝の雄琴は静かだ。

 

「店に泊まりたいやつはおるか?」

 

富永さんが聞く。

 

「あ、私このまま店で寝るわ。」

「あー…私もいいですかぁー?」

「あ、私も店で寝るー」

 

ねねさんを除いた女の子たち全員が店にこのまま泊まると言った。

 

「そうか。じゃあ…有里とはここでお別れやな…」

 

「あ…うん。そうやね。」

 

「お客さんからもらったお花とかプレゼントは今日にでも届けるから。おるやろ?家に。」

 

「え?ええの?」

 

「そりゃええが。上田が届けるから。のぉ?」

 

「おう。届けるわ。」

 

「ありがとう。」

 

「おう。」

 

「ほな。有里ちゃん。またな。」

 

「うん。理奈さん。またね。」

 

「有里ちゃん。ほなね。」

 

「うん。」

 

「アリンコ。じゃ後で。」

 

「うん。そうやね。」

 

「有里ちゃん。また店に遊びに来てや。」

 

「うん。わかった。」

 

「有里ちゃん…。またね。」

 

「うん。またね。」

 

「おやすみ。おつかれさん。」

 

「うん。おやすみ。おつかれさまでした。」

 

「ほなねー!」

 

「ほな!またねー!」

 

 

1人タクシーに乗り込み、みんながシャトークイーンの方に向かっていく姿を見る。

ぞろぞろと歩くみんなの後ろ姿。

私1人だけ反対方向に向かって進んでいく。

 

あそこに混ざりたい。

みんなと一緒にあっちの方向に行きたい。

 

雄琴村の中に吸い込まれて行くように、みんなの姿が見えなくなる。

 

「あ…」

 

タクシーの後ろの窓からその様子を見ていた私は声をあげてしまった。

 

みんなの姿が見えなくなった。

みんなは向こうに行って私だけこっち。

 

「あぁ…うぅ…うー…」

 

淋しい。

胸がえぐられるような淋しさ。

私はもうあっち側に歩いて行くことはできないんだ。

 

「うぅ…うぅ…」

 

タクシーの後部座席で泣いてしまう。

 

「…大丈夫?ティッシュありますよ。」

 

運転手さんに気を使わせてしまう。

 

「う…ありがとうございます…」

 

戻りたい。

あっちに戻りたい。

でも戻ってもどうにもならないことを知っている。

今だけだ。

こんなに悲しくて淋しいのは今だけだ。

 

「うぅ…うー…うぅー…」

 

えぐられたような痛みを放つ胸を押さえながら私は泣いた。

 

 

 

ソープ嬢の有里ちゃん』が終わってしまった。

自分で決めた通り、終わってしまった。

 

進むしかない。

それしかないんだ。

いつだって進んでいくしかないんだから。

 

「うわ…うぅ…うー…」

 

私は家に着くまでずっと泣き続けていた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

 続きはこちら↓

196 - 私のコト~私のソープ嬢時代の赤裸々自叙伝~

 

 

はじめから読みたい方はこちら↓

はじめに。 - 私のコト

 

194

 

送別会の場所は私の大好きな『ふく田』だ。

 富永さんが今日の為に、広い綺麗な個室を予約したと言っていた。

 

「有里ちゃーん!いらっしゃーい!あー相変わらず観音様みたいやなぁー。」

 

店長さんが優しい優しい笑顔で私を迎えてくれる。

相変わらずのセリフと共に。

 

「あははは!いつもそれ言うなぁー。どこが観音様やねんなぁー。」

 

私は店長さんの柔らかい笑顔と優しい声が大好きだ。

そしてやっぱりこの店の凛としてるけど温かい空気が大好きだ。

 

「今日はね、有里ちゃんの門出をお祝いするために美味しい物たくさんだすからね。たくさん食べてやぁ。」

 

店長さんがそう言いながら個室の襖を開ける。

 

「うわぁー!」

 

そこには綺麗に並べられたお皿と共に、鯛の尾頭付きの塩焼きが二尾、ドーンとテーブルに置かれていた。

 

「えー!なにこれー!」

 

私はその光景に驚き、声をあげた。

 

「すごいでしょー?まだまだお料理たくさん出てくるからね。座って座って!」

 

嬉しそうな店長さん。

 

「ほー!こりゃすごいやないの。気張ったなぁ。やりよるやないの。」

 

富永さんが店長さんをからかうように言う。

 

「そりゃそうでしょ!可愛い有里ちゃんのためやんか。ねー!もう娘みたいなもんやから。ははは。」

 

「娘やないやろが。孫やろ?のぉ?有里。」

 

富永さんが座椅子に座りながらさらにからかう。

 

「それはないでしょー。ねぇ?有里ちゃん。」

 

店長さんが私に笑いながら聞く。

 

「店長さんは有里ちゃん大好きやもんなぁ。なぁ?」

 

理奈さんがニコニコしながら店長さんに言う。

 

「いやぁ、理奈ちゃんだって娘みたいなもんやぁ。ねぇ?富さん。」

 

「いや、絶対有里ちゃんには甘いで。笑顔が違うもん。なぁ?富永さん!」

 

「そうやのぉ。わしもそう思うわ。」

 

「やっぱりそうやんかぁー。」

 

「そんなことないわぁー。」

 

「いや、そうやって!」

 

「まぁそれはええわ。はよ飲みもの持って来てくれる?」

 

「あー!そうやね!ビールでいい?」

 

 

私はそのやり取りを聞いて笑っていた。

私をダシにしてじゃれ合っている3人の姿が愛しい。

こんなに幸せな時間、ある?と思う。

 

ねねさんも小雪さんもななちゃんもふく田には初めて来たこともあり、このやりとりをただ笑いながら聞いていた。

 

「有里ちゃんたちはここによぉ来てたん?」

 

小雪さんが「あはは」と笑いながら私と理奈さんに聞いた。

 

「まぁたまにやな。なぁ?有里ちゃん。」

 

「うん、そうやね。私、ここで初めて富永さんに会ったんよ。前の店のおねえさんがここに連れてきてくれて、富永さんを紹介してくれたのが最初なんよ。ここで富永さんに会わんかったらシャトークイーンで働いてなかったんやなぁ。みんなにも会うてなかったんやんなぁ。」

 

小雪さんもねねさんも「へぇーそうなんやぁー」と言いながら、ふく田の個室内をぐるっと見回す。

 

「…そうやな。そうやなぁ。ここで有里と会うたんやもんなぁ。」

 

富永さんがおしぼりで顔を拭きながらしみじみと言った。

 

「そのおねえさんの名前、なんやったっけ?」

 

理奈さんが私に聞く。

 

「ん?原さん。あ、その前は美咲さんって名前やったらしいけどな。」

 

私は理奈さんに答えながら原さんのことを思いだしていた。

原さんはなぜ私をここに連れてきたんだろう。

そしてなぜ富永さんに会わせてくれたんだろう。

たいしてしゃべってたわけでもない私に。

 

「あれは不思議やったなぁ。原とわしは1回か2回くらいしか飲んだことないんじゃ。しかもたまたまここで会うてやで。名前も忘れとったくらいの感じやったんじゃ。それが急に店に電話をかけてきてな、会ってほしい子ぉがおるんじゃ言うてなぁ。

まぁそれやったらふく田に来たらええが言うたんじゃ。そしたらほんまに連れてきたからのぉ。わからんもんやな。何が起こるかなんてな。」

 

富永さんがじっくり思い出すようにそんなことを話した。

私もその話しを富永さんから聞いたときはほんとにびっくりした。

原さんはわざわざ店にまで電話をかけてくれて、私と富永さんを引き合わせてくれたのだ。

 

「へー!その原さんって人、すごいなぁ。」

 

ねねさんが感心するように言った。

 

ほんとにすごいよ。

原さんは。

でも何が原さんをそうさせたのかはよくわからないんだよなぁ。

 

 

「はいはい!お待たせしましたー!」

 

店長さんが飲み物を持って来て、乾杯の音頭をとるために富永さんが立ちあがる。。

 

「じゃあね、今日で有里が店を去るってことで…淋しいけどな、これはお祝いじゃ。有里が新たなスタートを切るお祝いじゃ。ご馳走もたくさんでるから。のぉ。ほんまは淋しいんやで。のぉ。でもな、今日はお祝いしながら飲みましょう。のぉ。有里。ほんまにお疲れさん。乾杯。」

 

富永さんがグラスを掲げる。

みんながそれに答える。

 

「かんぱーい!!」

「有里ちゃんお疲れさまー!」

「おつかれさーん!」

「かんぱーい!ほんまにお疲れさまー!」

 

みんなが私のところに来てグラスをカチンと合わせていく。

 

「あー。ほんまにありがとう。ありがとう。」

「あ、ありがとう。おつかれさま。」

「あーうん。ありがとう。」

 

私…こんなことしてもらったの初めてだ。

嬉しいけど受け取れない。

「あはは…」と笑うのが精一杯だ。

 

 

「じゃ小雪。あれ渡して。」

 

「あ、はーい!」

 

富永さんが小雪さんに何か指示をだし、小雪さんが個室の襖を開けて出て行った。

 

「有里。みんなから渡したいものがあるんじゃ。」

 

富永さんが立ったまま私に向かって言った。

私はいたたまれなくなり、ビールのグラスを持ったままこう返した。

 

「え?なに?!やだやだやだ。いらないから。なんにもいらないし受け取らないから。」

 

ほんとにもう何にもいらないし、何にもしてほしくない。

だってもう十分すぎるほどだから。

 

「そんなこと言わんとー!受け取ってくれな困るわー!なぁ?」

 

理奈さんが私の隣で肩をポンポンと叩いた。

 

「やだやだやだ。いらないから。もう十分だから。」

 

私は戸惑いながら首をブンブン振っていた。

その姿を見てみんなが笑ってる。

 

「じゃ、有里。これ。」

 

富永さんがそう言うと同時に、小雪さんが大きな大きな花束を抱えて個室に入ってきた。

小柄な小雪さんの顔が見えなくなるほどの花束。

百合とバラと名前がわからない綺麗な花たちがたくさん。

 

「えーーー!!もう…ほんまにいらないのに。こんなんどうするん?なんにもお返しできひんよ!こんなことしてどうするん?!」

 

私には不釣り合いな大きな花束。

こんなのもらえない。

 

「今日買うてきたんやでー!有里ちゃんのイメージに合わせて作ってもらったんや。綺麗やろ?」

 

ニコニコ笑いながら私に大きな花束を差し出す小雪さん。

 

「綺麗やなー!有里ちゃんによぉ似合うわー!」

 

理奈さんが感嘆の声をあげる。

 

「ほんまに綺麗じゃ。これはな、女の子たちが企画して、みんなで買うたもんじゃ。みんなからの気持ちやから。受け取ってくれ。」

 

富永さんが私に受け取るように促す。

『女の子たちが企画した』。

その言葉に胸がグッと詰まる。

『みんなからの気持ち』。

その言葉に鼻の奥がツーンとしてきた。

 

「もー…なんでこんなこと…ありがとう。」

 

私は泣きそうになりながら花束を受け取った。

 

「よかったな。有里。」

「お?泣いてるんか?アリンコー。」

「え?有里ちゃん泣いてるん?」

「泣いてないわ!うっさいなー。」

「泣いてもええんやでぇ。ええ子ええ子ぉ。」

「そうやでぇ。泣いてもええんやでぇ。あとついでに辞めんでもええんやでぇ。」

「お?辞めるの止めるか?有里。」

「そうやな。辞めるの止めたらええわ!な?有里ちゃん。」

「もう!うっさいなー。飲むよー!今日は飲むでー!」

「あはははは。」

「あっはははは。」

 

 

ふく田での送別会はものすごく楽しいものだった。

ふく田の料理はどれも絶品で、みんなで飲むお酒も美味しかった。

 

 

「有里ちゃん。私も一杯頂いていいかな?」

 

宴会も終焉に向かっている頃、個室にお酒を持って来てくれた店長さんが私の隣にちょこんと座ってグラスを持ってそう言った。

 

「あ!もちろん!どうぞ!」

 

私は喜んで店長さんのグラスにビールを注いだ。

 

「そりゃ店長が有里に注ぐもんやろがぁ。なんで有里が店長にビールを注ぐんじゃ。」

 

その姿を見て富永さんがふざけて文句を言う。

 

「いやいやいや…。有里ちゃんが注いでくれるビールを飲みたかったんよぉ。ええやんねぇ?有里ちゃん。」

 

ニコニコと笑いながら言う店長さん。

 

「はい!喜んで!店長さん。お世話になりました。ここに来られてほんまに良かったです。この場所があったから救われたこと、何度もありましたよ。ほんまに。」

 

私は店長さんとグラスを合わせながら心からのお礼を伝えた。

店長さんは「あー!有里ちゃんに注いでもらったビールは美味しいわぁー!」と大袈裟に言いながらビールを飲んだ。

私は「そうだ。渡したいものがあるんです。」と言いながら、持ってきた紙袋の中から一つの包みを店長さんに差し出した。

 

「え?!なに?!」

 

驚く店長さんに「たいしたもんやないんです。」と言いながら私はプレゼントを渡した。

 

「うわぁ!ありがとう。遠慮なく頂くわー。うれしいなぁ。有里ちゃんはこういうことが出来る子ぉやねんなぁ。」

 

店長さんがほくほくの顔で喜ぶ。

私はその顔を見て嬉しくなる。

 

「あ、みんなにもあるんや。私からみんなへお礼がしたいから。」

 

私はこの日の為に全員にプレゼントを用意していた。

それはネクタイとかタオルとか下着とか、ほんとにたいしたものではないのだけれど。

なにか、そう、なにか形として渡したかっただけなのだけれど。

 

「えー!なんで?!」

「そりゃあかんわ。」

「えー!嬉しいー!」

「ええの?俺ももらってええの?」

「なに?これなに?」

「有里ちゃんありがとー!」

 

1人1人に手渡し、もう一度「ほんまにありがとう」と伝える私。

会えるのもこれが最後かもしれないから。

 

「有里。あけてもええんか?」

 

富永さんが私に聞く。

 

「え?ええよ。でもほんまにたいしたもんやないんやで。がっかりせんといてな。あはは。」

 

「がっかりなんかせんよ。するわけないやろが。」

 

富永さんはそう言いながら包みを開けた。

 

「ほー!これは…ええやないの。これは…つかえんのぉ。もったいなくて使えんわ。飾っとくかのぉ。こんなにええのをもらったことないが。のぉ?見てくれや。これは使えんわ。」

 

顔を赤くした富永さんが何度も「これは使えんが」と言っている。

あげたものはほんとにたいしたことのないネクタイなのに。

 

「あははは。そんな風に言うてくれてありがとう。使ってくれなあかんで。せっかくあげたんやから。たいしたもんやないんやって。あはは。」

 

「いや。これは使えんわ。わしはずっと飾っとくで。これをいれる額を買わなあかん。のぉ?わしはこれを眺めて酒を飲むが。そうじゃろ?のう?理奈。」

 

…可愛い。

酔っぱらっている富永さんが可愛い。

 

「富永さんはほんまに飾るで。あははは。」

 

理奈さんが笑う。

 

「おっさんはほんまに飾るわ。わははは。」

 

上田さんが笑う。

 

「富永さんはやるな。あははは。」

「ネクタイ額に入れるおっさんがどこにおるんや!あははは。」

「ここにおるやんかぁ。あははは。」

 

小雪さんもねねさんもななちゃんももう一人のボーイさんも笑う。

 

「富永さんが酔っぱらてるでー!あははは。」

 

私が笑う。

 

 

こんな店があるんだな。

ソープランドでこんな店があるんだな。

 

私は笑いながら、この時間を絶対に忘れたくないと思っていた。

 

「次の店行くやろ?カラオケでも歌うか?」

「あ!行く行くー!」

「有里ちゃん行くやろ?」

「そりゃ有里ちゃん来なきゃあかんやろ。」

「アリンコ行くやろ?」

「わしのサブちゃん聞きたいやろ?のぉ?」

「有里ちゃんが行くなら私も行くー。」

 

みんなが私を誘ってくれる。

みんなが私に良くしてくれる。

こんな奇跡みたいなことがあるんだな。

 

 

「うん。行くでー!富永さんのサブちゃん、聞きに行こうー!あははは!」

 

 

送別会はまだまだ続きそうだ。

まだまだずっと続けばいいのに。

このまま終わらなければいいのに。

 

そんな不可能なことを考えている私がいた。

 

 

 

つづく。

 

 

 

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はじめに。 - 私のコト